恋愛、仕事、家族、人間関係で相手の本音を知りたい。自己の性質を知り問題を根本から解決したい。学びを深め真我・目覚めを体験したい方はご相談下さい。現在、アトリエトレフルのスピリチュアルカウンセリングは、占い的に統計学とスピリチュアルガイドからのメッセージをあわせスピリチュアルカウンセリングとしています。
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気付き
「導き」の続きです。

しばらくして、趣味ではじめていたヨガの教えの中に
自分の探していた答えがあったことに気付きました。
自分と向き合う中で、
ある時、私の内側と外側の変化を体験しました。
わたしを含めた全てが解けてなくなり
あぁ、そういうことかと腑に落ちる、
これが悟りなのだとわかり、しばらく涙が止まりませんでした。

それから、
自分の中で起こった変化は嘘ではないのに、
日々変わらず、相談に来て下さる方の明日の恋愛模様を伝えている私は
一体なんなんだろう?
皆を欺いているのではないか?と思うようになっていました。

目に見えている世界は、本当はそうじゃないんだよ。と言いたい。
だけど、望んでもいない方に言うべきことでないことは、私でもわかる。

かつての私がそうだったように、
このシンプルなものの中に、全ての答えがあるとは思えないから・・
どうしたらいいのか、わかりませんでした。

最初の記事「はじめに」で、
嘘をついている訳ではないけど、
嘘をついているような気がしていたと言うのは
この部分のことでした。

(誤解しないで下さいね。
恋愛や人間関係、仕事や未来に悩むのは違うと言っているのではありません。
そういうことではないのです。)


ただ、今は、これらは重要なことではないとわかっています。
どちらでも良いことです。
そのタイミングが来た方がいれば、伝えて行けば良いのだから。

こんな風に、だらだらと自分のことを書くのは、
自己満足でしかないなと思いますが、
ただ、黙っているのも違うかなと、今は思うので、
ブログを通じて伝えることができて、良かったです。
読んで下さいまして、ありがとうございます。


導き
「最初の体験」の続きです。

それから、数年間、
我ながら、良い頭をしているなと思いますが、
なにもかも綺麗に忘れて過ごしていました。

ある時、精神世界と言うものがあることを聞き、
その時は、何となく惹かれつつも、
何か得体の知れない世界だと恐れを感じ、目を背けました。

その理由は、
(この話は、以前にも、何度か書いたことがあるのですが、)
私には、私が生まれる前に1歳で亡くなった兄がいます。
この兄は、最近はみかけませんが、
時々、深夜に自分の要求を伝えてきて、
その通りにしてくれるまで寝かせてくれないような時があったので
精神世界とは、そんな存在と対話する仕事なのではないかと
完全に偏った見方をしていたからです。


また、同時期に何故か宗教の勧誘が増えました。
誰にも頼んでもいないのに、
会う人、会う人に色々な宗教を紹介されました。

伝統的な宗教の世界は嫌いではないものの、
群れたり、捉われるのは好きではないので、
入信することはありませんでしたが、
様々な形で、神様の元へ導かれたと言うことは
目に見えない力がなにか動いていたのかなと思います。
(ただの思い込みで、物寂しい顔をしていたからかもしれませんが・・)


数年後、
家族のことで、自分の非力さに落ち込んだことがきっかけだったのですが、
ちょうど環境が整っていたこともあり
あるヒーラーさんの元で学ぶようになりました。
そこでは、本当に欲しい答えを見付けることはできませんでしたが、
様々なことを教えて下さったと感謝しています。

その方の元を離れてから、
10代の頃に頻繁にあったUFOなどの、
不思議な体験を鮮明に思い出すようになり、
目に見えない膜が掛かっているかのように、距離のあった
メッセージをくれる後ろの人とも感覚が縮まりました。

そして、日々、私の元に相談に来て下さる方の中に、
自身を見て、同時に私も学ばせて頂いている、
すべては繋がっているのだと実感はしていましたが、
これではない。
私は、まだ知らない。
何かわからないけど、ここがゴールではない。
何かが違うと言う違和感が、募って行くのを感じていました。


答えが欲しいと空を眺めていた時に
ハートから、ワァーッと熱いエネルギーが外に向かって
勢いよく出て行くのを感じました。
そんな体験は初めてだったので驚きました。
尽きることのないハートのエネルギーを感じ、
過ごす日々が、暫くの間、続きました。


最初の体験
「はじめに」の続きです。

幼い頃は、皆そうなのだと思いますが、
私は、自我が芽生えてからも、
単に、私がアホだったからなのかもしれませんが、
周りの大人や子どもたちが、笑ったり、泣いたり、怒ったりしている
意味がわからないことが多く、周囲を観察して過ごしていました。


学校でも、全てではないものの、
皆がはしゃぐことが不思議に感じることが多く
それらを遠巻きに観察しているような子どもでした。

周囲も、ただ大人しいだけではない異質さを私に感じていたので、
よくあぶれていた気がします。
それでも、有難いことに友達もいましたし、楽しいこともありました。

そのような、周囲との違和感は成人してからも続いていましたが、
早くに子どもを授かりこのタイミングではないと、
もう子どもは産むことはないだろう感じたので、結婚をしました。

22歳頃、色々な事情があったのだと思いますが、
外に女性を作り、家に帰って来なくなった夫の行動にうろたえ
かなり病んでいた頼りない私を
幼いながらも、慰めてくれようとする息子の背後に
ある夜、まぶしい光、大きな存在を感じ
神様?何か大きな存在がいるのだと驚いたのを覚えています。
悲しい訳でもないのに、涙が止まりませんでした。
これが、私の覚えている最初の体験でした。

当時、それらの体験の意味は、何もわからず、
直ぐに忘れてしまったように思いますが、
それからは、自分の力ではどうすることも出来ないことが起こっても、
これが運命ならば、なんとかなるのだろう。
と、心の深い部分で確信できるようになりました。


(できるだけ短くシンプルに書きたいと思っているのですが、
長くなりそうなので、一旦ここで区切らせて下さい。)

はじめに
有難いことに、私に与えられている仕事の性質上、
嘘ではないのだけど、
なにか嘘をついているような気がしてならなくて、
書こう、書こうと思いつつも、
言葉を慎重に選ばないと、間違って伝わってしまうと思い、
ずっと書けないままでしたが、
例え、どれだけ言葉を慎重に選んで書いたとしても、
全ての人に思うようには伝わらないでしょうから、
そんなことを気にしても仕方がないのだと思い、
ただ、書きたいから書くことにします。
前置きが長くてすみません。

また、ブログなど、全てそうなのだと思いますが、
これから書くことは、
すべて、わたし個人に起こったことです。

個人的なことですが、
私に起こったことや、経緯、そこからわかったこと書くことで、
(と言っても、大したことは書けませんが、)
おこがましいですが、もしかしたら、ほんの少しでも、
それを望んでいる誰かの役に立てるかもしれません。
それは、単に私の驕りかもしれませんが。

真我、悟り、解脱・・
あまりにも日常からかけ離れた言葉で、
実際にそれが自分に起こるとは、想像さえもしていませんでした。
自分とは、別世界のものだと完全に思っていました。
しかし、今思えば、子どもの頃から感じていた、
違和感の答えは、これだったのだと腑に落ちました。

誤解しないで頂きたいのは、
私はすごいだろう!と自慢するために書いているのではありません。
私が完全に目覚めているとは言えません。
何故って、相変わらず、幻想世界を見ていますし、自我は元気だからです。
ですので、とてもじゃないですが、私は悟ったなど言うことは出来ません。
ちょっとわかったと言うくらいなのだと思っています。
私の体験から感じたこと、主に葛藤部分についてとなると思いますが、
少しずつ、書いて行こうと思います。